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マヤでは、日食や月食を予測していたと言われています
地上を明るく照らしてくれる太陽。私たちの活動はその光、エネルギーなしにあり得ません。その存在の大きさから、生命の母として太陽を仰ぐ太陽神信仰は、古代インカやエジプト、北欧など世界各地にあります。ここ日本でも、日の丸、つまり太陽が国のシンボルです。「お天道様が見ている」「お天道様が黙っちゃいない」という言い回しに象徴されるように、ゆるぎなきものとして人々にあがめられてきました。
そんな絶対的な太陽が、不意に暗くなり、姿を隠してしまったら――? 古代の人々が日食という一大イベントに驚き、恐れ、混乱したエピソードは神話の中に残っています。たとえば、北欧では天空に棲む狼・スコルが太陽に食らいつくことで日食になる、とされていました。日本では、スサノオの乱暴を嘆いたアマテラスが天の岩戸に潜む「天の岩戸伝説」が有名です。太陽神が姿を隠したため、世界が闇に閉ざされる。これは、日食のモチーフそのままですね。
ちなみに、史書『魏志倭人伝』によれば、邪馬台国の卑弥呼は西暦247年あるいは248年に死んだとされています。近年は古代天文学の研究が進み、このどちらの年にも日本で見られる皆既日食が起こっていたことが分かってきました。このことから、卑弥呼の死=天の岩戸伝説ではないか、とする説もあります。ひょっとしたら、古代史の大ミステリーが日食から解き明かされる日が来るかもしれません。
一方、日食を神秘とせずに天文現象として分析する古代人もいました。豊富な天文知識を持っていた古代マヤ文明、そして古代中国です。マヤでは神官たちが綿密な天文観測を行い、太陽と月の正確な運行を記録し、日食や月食をかなりの精度で予測していたと言います。中国では紀元前2300年頃に天文気象台が設置され、近代に至るまで1000回以上の日食が記録されてきました。中国は日食観測でも4000年の歴史を誇っているわけですね。古代中国では、計算で日食の日時をはじきだし、皇帝に奏上するのが天文官の重要な役割。しかし、この予測は命がけだった様子。日食の記録が残る『尚書』によると、紀元前2137年に発生した「仲康日食」の際、天文官が泥酔して空の観測と日食の予報を怠ったことから、何と斬首された記録が残っています。
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陰陽師として有名な安倍晴明も、天文博士の一人でした
日本でも、日食先進国の中国から知識が伝来し、急速に天文学が発達しました。この知識を生かしたのが、大河ドラマ『平清盛』でもおなじみの平氏です。『平家物語』『源平盛衰記』に描写されているエピソードですが、平氏と木曽源氏が1183年に戦った水島合戦では、合戦の最中に金環日食が起きました。源氏側は太陽が欠けていくことに恐れを抱き、大混乱。一方、平家は日食が起こることを知っており、戦いを有利に進めて勝利しました。日食の知識が日本史を左右したこともあったのです。
平安時代は、日食や月食、新星の出現をウォッチする天文博士という役職もありました。陰陽師として映画、小説に登場する安倍晴明も天文博士の一人だったんですよ。この天文博士は朝廷に置かれた陰陽寮で活躍しており、政治的に重要な役割を担っていました。それは、奈良時代から平安時代にかけては日食、月食が国家の凶兆に関わる一大事と考えられるようになっていたからです。975年に起こった皆既日食では平安京が闇に包まれました。祟りと政治の混乱を恐れた朝廷は恩赦を行い、死罪の者まで減刑したと言います。
政治の混乱といえば、2009年7月22日に日本の南方で見られた皆既日食の前日には、衆議院が解散する、という偶然もありました。173年ぶりの金環日食は天文史を飾る一大イベントです。何が起こっても……おかしくない!?
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構成・文/佐々木正孝
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